K.K.TOYAMA

セクシュアル・マイノリティって何?

セクシュアル・マイノリティ総説

【はじめに】

 性にまつわる場面において、少数派(マイノリティ)になるのが、セクシュアル・マイノリティです。まず、第一に、これは多数派(マジョリティ)に対する少数派であって、少数だから間違っているとか、逆に偉いとかいう価値判断は、あまり意味がありません。第二に、少数派といっても、いろいろな種類があります。 そして、それぞれが、人間の性のあり方に関するさまざまな可能性の一つ一つであって、ひとしく尊重されるべきものです。

【組み合わせからみたマイノリティ】

 現在、人間のトータルな性のあり方は、おおまかに三つの局面から考えられています。その三つとは、以下のものです。

1. 生物学的性(sex)
生まれついての性です。多くの場合、戸籍上の性になります。
2. 性自認(gender identity)
心の性、自分自身の性別をどのように認識しているかということです。生物学的性同様、自分の意志で主体的に選択できるものではありません
3. 性指向(sexual orientation)
性的な意識の向かう先です。生物学的性・性自認同様、自分の意志で主体的に選択できるものではありません

 これらの組み合わせを考えてみましょう。すると以下の通りになります。それぞれのタイプに数の多少はありますが、皆いろいろあり得る組み合わせの一つに過ぎません。

性のマトリックス
タイプ1 タイプ2 タイプ3 タイプ4 タイプ5 タイプ6 タイプ7 タイプ8
生物学的性
性自認
性指向

 例えば、「タイプ1」の人は、男性に生まれ自分は男性だと思っており性的には男性が好きな人です。「タイプ2」の人は、男性に生まれ自分は男性だと思っており性的には女性が好きな人です。

 このうち、「異性愛者」と呼ばれるのは、タイプ2, 3, 6, 7です。「同性愛者」と呼ばれるのは、タイプ1, 4, 5, 8です。

 異性愛者の中でも、男性に生まれ自分は男性だと思っており性的には女性が好きな「タイプ2」と、女性に生まれ自分は女性だと思っており性的には男性が好きな「タイプ7」が、非常に多数を占めています。この人たちは、性的な多数者と言うことができるでしょう。異性愛者の中で、男性に生まれたが自分は女性だと思っている、あるいは女性に生まれたが自分は男性だと思っている「タイプ3」と「タイプ6」の人は、「性同一性障害」と呼ばれるセクシュアル・マイノリティです。

 同性愛者はセクシュアル・マイノリティですが、その中で、男性に生まれ自分は男性だと思っており性的には男性が好きな「タイプ1」と、女性に生まれ自分は女性だと思っており性的には女性が好きな「タイプ8」は、典型的と言えるでしょう。その一方、男性に生まれ自分は女性だと思っており性的には女性が好きな「タイプ4」と、女性に生まれ自分は男性だと思っており性的には男性が好きな「タイプ5」の人は、同性愛と性同一性障害が重なっています。実際にそのような人たちが存在します。

 このように、異性愛か同性愛かは、性自認と性指向の関係で決まり、生物学的性は関係ありません。性同一性障害は、生物学的性と性自認の関係で決まり、性指向は関係ありません。

【男女の二分法で考えられないことによるマイノリティ】

 生物学的に男性と女性の特性をあわせ持ち、解剖学的に男女の区別の判断ができない中間性を有する状態の人たちが存在します。インターセクシュアル(半陰陽、ふたなり)と呼ばれるセクシュアル・マイノリティです。一般に、生物学的性と言っても、性染色体の構成、性腺、内性器、外性器、二次性徴の性、など様々なレベルがあり、私たちが思うほど男女の判別は簡単なものではありません。厳密には、生物学的性の実態は、男性と女性を両極とした「性のグラデーション」で、その両極に大多数の人が集中して判別されていると考えるべきなのです。先に試みた男女の二分法は、あくまで便宜的なものと考えてください。

 同様に、性自認の局面においても、このようなグラデーションを考えることができるでしょう。例えば、性自認の男性度95%女性度5%の人は、普通は男性ということになります。男女の両極に大多数の人が集中して判別されているだけなのです。中間領域では、「どちらでもない(無性)」「どちらでもある(両性)」「時により変化する(不定性)」、場合によっては性自認自体を実感できないというケースも考えられます。これは、とりあえずトランスジェンダーというセクシュアル・マイノリティと考えることができるでしょう。

 性指向も、やはりグラデーションです。ある女性は、80%くらい男性が好きで20%くらい女性が好きなために、異性愛者に分類されているだけなのかもしれません。ただ、このパーセンテージを変更することは不可能なため、異性愛者が同性愛者に、同性愛者が異性愛者になることは不可能です。性指向の局面の中間領域でも、「どちらでもない(無性)」「どちらでもある(両性)」「時により変化する(不定性)」、場合によっては性指向を実感できないというケースを考えることができるでしょう。バイセクシュアルと呼ばれるセクシュアル・マイノリティの人たちにとって、人を性的な欲望の対象としたり好きになったり愛したりする時には、相手の性別は関係ないか重要ではありません。また、女性とは性交渉のみだが男性とは性交渉も恋愛もするという人もいるでしょう。さらには、若い人とか、太っている人が好きなのであって性別はまったく関係ないという人もいます。この例から、性指向は、男女の性別のみを基準に考えるべきではないということがわかります。

【実態はもっと複雑】

 例えば、男女の二分法だけ考えてみても、さらなるバリエーションがありえます。例えば、生物学的に女性であるが性自認は男性で、性指向は単なる男でも女でもなく、自分と同じ人でなければならない(生物学的に女性であるが性自認は男性 ── あるいは男性の姿をしている女性 ── でないと性的な対象にならない)というようなケースです。セクシュアル・マイノリティにまつわる現象については、あらゆる予断を排して臨む必要があるのです。

(跡上 史郎)

同性愛って?

 同性に対して恋愛・性的な感情を持つ同性愛者は、統計的には人口の3〜5%程度存在すると考えられています。人口が約110万人の富山県では、数万人程度の同性愛者が存在するという計算になります。一般に、男性同性愛者のことをゲイ、女性同性愛者のことをレズビアンと呼びます。

 同性愛は「異常な性行動」として公的な迫害や治療の対象とされてきましたが、世界保健機関(WHO)の「国際疾病分類」から同性愛の項目が削除され(1993年)、日本精神医学会も同性愛を精神疾患の分類から削除しています(1995年)。したがって、同性を好きになるということは異常なことなのではなくて、全く正常な状態であるといえます。

 しかし、長い間にわたり異性に対して恋愛・性的な感情を持つことが「当たり前」と考えられ、異性愛者であることを強制してきた日本の社会では、同性愛者を取り巻く環境は決して良いものではありません。「どのような対象に対して性的な関心を持つか」ということを「性指向 (sexual orientation)」といいますが、同性愛者の場合は性指向が同性に向いているということになります。

 実際の性指向のあり方は、人それぞれによってさまざまで、ある人にとっては「30%同性・70%異性」、ある人にとっては「50%同性・50%異性」のように、ある幅を持ってあいまいな形で存在しているものだといわれているので、同性愛は「比較的同性に対してひかれる割合が強い」という方が正確かも知れません。

 この性指向は自分の意志や外からの力によって簡単に決まるものではなく、異性愛者が異性に対して恋愛・性的な感情を持つことは、何の疑問もなく「ごく当たり前」だと思われているのと同様に、同性愛者にとっても、同性に対して恋愛・性的な感情を持つことは「ごく当たり前なこと」です。

 性指向がどのように決まるのかという事について、さまざまな説はあっても、正確な説明はまだありません。しかし、例えば人間以外の生物においても同性愛が存在することは知られていますし、生物によってはオスとメスが簡単に入れ替わったりする場合もあることを考えると、決して同性愛ということが不自然なことではないと思われます。

 しかし、この「性指向」は「性嗜好 (sexual preference)」と混同され、同性愛ははおかしな「趣味」だと誤解される事が多くあります。例えば、テレビ番組や雑誌の記事などにおいて、同性愛者が差別的な表現をもって揶揄されることは良くあることですし、それだけに同性愛者であることを家族や知人に明らかにすることが出来ないのはもちろん、自分自身に対しても否定的な感情を持たなければならずに苦しんでいる人たちが多く存在します。

 もっとも重要な事は、同性愛であることが「ごく当たり前のこと」であって、異常な事ではないという事実をたくさんの人が共有することです。そして、生活や教育などさまざまな場面で、同性愛者に対するいわれのない差別を無くして行かなければなりません。

(遠山 和大)

性同一性障害って?

 性同一性障害(GID)とは、生まれの性と自分が自覚している性が同じではない状態のことを指します。生まれの性は男(女)だけれども、自覚が女(男)である状態ということです。この自覚している性のことを性自認と言います。例えば生まれの性が女(Female)で、性自認が男(Male)である人のことをFTM(Female to Male)と言います。逆はMTFです。

 性同一性障害は、生まれの性つまり身体に嫌悪を持つ状態のことを指すわけですが、更に、その度合いによってトランスジェンダー(TG)トランスセクシュアル(TS)と分けることができます。トランスジェンダーは、身体への嫌悪はあるものの、どちらかと言えば、社会的な性が反対の性でありたい、反対の性で生活したいという状態を言います。性別再適合手術(SRS)までは望まず、ホルモン投与や胸の手術まででいい、という方や、身体に何もしなくてもいい、という方など個人差があります。中には戸籍名の変更を望み、反対の性の名で生活したいという方もいます。

 トランスセクシュアルは、身体への嫌悪が激しく、性別再適合手術を望む又は手術済の状態を指します。社会的な性よりも自分の身体が反対の性の身体でありたいという願いが強く、身体の治療を行います。

 TGにせよTSにせよ、生まれの性と反対の性の自覚を持つということが共通し、総称してトランス(Trans)と言う場合があります。

 この性自認と、誰が好きか、つまり同性愛や異性愛等の性指向とは別です。男性同性愛者をゲイ、女性同性愛者をレズビアンと言いますが、彼等彼女等は生まれの性と性自認が同じです。それで性指向が同性に向く、ということです。同性愛者で問題になるのは性指向のみです。

 では、性同一性障害の場合ですが、性自認と性指向が別と考えると、生まれの性が男、性自認が女で、性指向が男に向かう場合、ゲイではなく、異性愛です。本人は女性の意識で男性を好きになるからです。生まれの性ではなく、性自認と性指向の関係で見ます。

 要するに、性同一性障害は生まれの性と性自認が一致しないこと、つまり、自分の性別のことを主に考えることで、性指向は別のことだ、ということです。

(向山 哲成)

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